■茶道久田流(有栖川系)■
<敬称略>
| 家 元 | 連絡先住所 | 創 流 | 代数 |
| 松長剛山 | 〒603−8231 京都市北区紫野大徳寺73−1 高桐院 |
no data | 13世 |
久田宗栄(生々斎)は林宗繁といい、久田宗参の内弟子となったが故あり師門を離れる。有栖川宮家に出仕していたことから、その命により久田宗栄と改名。ここに有栖川系とするいわれが生じた。
その子久田栄甫は宗栄の後継となり、尾張地方に久田流を広め、家元を下村哉明に譲る。哉明は当代一の茶の湯者であったことは誰しも知るところである。哉明は三男下村実軌(みつのり)に家元、並びに西行庵を譲るが、実軌は戦時中に他界したため久田流苦難の時期が始まる。
結局有栖川宮家との関係で、有栖川系の家元を京都高桐院上田義山師にあずかってもらい、義山老師の後継松長剛山師がその後を継ぎ、今日に至る。
従って強いて言うならば現家元は宗栄より数えて六代目に当たる。